【第80回】坂本ヒロクニさん \ 不安は、経営者の仕事である / 〜 跳ねたい人へ 〜

【経営の新常識】「不安」は消さなくていい。折れない心を作るための心理学的アプローチ

深夜、ふと目が覚めてスマートフォンの画面を開く。何度も確認したはずの今月の売上数字を、また無意識に追いかけてしまう。あるいは、静まり返ったオフィスで一人、従業員の生活や会社の未来という「目に見えない重圧」が、胃の奥に鉛のように溜まっているのを感じる――。

経営者や事業主という孤独な旅を続けるリーダーにとって、こうした「眠れない夜」は避けて通れない関所のようなものです。

異業種交流ギルド『CrossTalk(クロストーク)』に登壇した心理カウンセラーであり、「姫路心理カウンセリングkikitai」代表の坂本博邦(ひろくに)氏は、この苦しい感情に対して鋭く、かつ温かい視点を提示しています。それは、「不安を排除すべき敵ではなく、経営という仕事の一部として設計に組み込む」という、逆転のアプローチです。

今回は、揺れ動く心を整え、次なるステージへと「跳ねる」ための心理学的技術を紐解いていきます。


「不安=ダメ」という呪縛を解く:それは「責任」の別名である

多くのリーダーは、「不安を感じる自分は弱いのではないか」「経営者として失格ではないか」という自責の念に駆られます。しかし、坂本氏はそれを明確に否定します。

「調子がいい時ですら、どこか不安がつきまとう。それは極めて正常なことです」

不安を感じるのは、あなたが自らの事業、そして関わる人々に対して真摯に「責任」を全うしようとしている証拠に他なりません。不安は弱さの露呈ではなく、経営という重責を担っているからこそ生じる、生命維持装置のような反応なのです。

まずは、自分を責めるのをやめ、この言葉を「経営の前提」として受け入れてみてください。

不安は、経営者の仕事である

不安を「異常な事態」と捉えるのをやめ、最初から業務フローの中に組み込まれている「必要なプロセス」として捉え直す。この視点の転換こそが、折れない心を作る第一歩となります。


自己価値の罠:月商を「自分の存在価値」にしないために

なぜ、経営者の不安はこれほどまでに深く心を削るのでしょうか。坂本氏は、リーダーが陥りやすい不安の正体を3つの要因に整理しています。

  • 数字が読めない: 現在の数字は見えていても、半年後の数字を完璧に読み切ることは誰にもできない。
  • 未来が不確定: 「これをやれば絶対」という正解がない世界で、常に仮説を立て続けなければならない。
  • 月商と自己価値の結びつき: 数字の変動を、自分自身の人間としての価値の変動と錯覚してしまう。

特に危険なのが、3つ目の「自己価値の混同」です。売上が上がれば「自分には価値がある」と全能感を抱き、下がれば「自分は無価値だ」と自己否定に陥る。

しかし、冷静に考えてみてください。「自己価値」は不変の定数であるべきですが、「売上」は市場環境に左右される変数です。 変数に自己肯定感を委ねることは、数学的にも心理学的にもエラーを招きます。数字はあくまで「事業というゲームの結果」であり、あなたの「魂の査定」ではありません。この両者を論理的に切り離すことが、冷静な判断力を保つための防波堤となります。


「跳ねる」ために必要なのは、勇気ではなく「設計」である

現状維持という「今の安定」をあえて壊し、一段上のステージへ行くこと、自らの可能性を拡張することを、坂本氏は「跳ねる」と表現します。この「跳ねる」瞬間の恐怖を乗り越えるために必要なのは、一時の盲目的な「勇気」ではありません。心理学に基づいた論理的な「設計」です。

未来が読めないからこそ、感情に振り回されないための「3つのライン」をあらかじめ定義しておく必要があります。

  • 最低ライン【心理的安全圏】: 生活を守るための絶対的なデッドライン。「最悪でもここを死守すれば生きていける」という底を固めることで、過剰な恐怖を抑えます。
  • 理想ライン【継続可能なゴール】: 無理なく、かつ情熱を持って事業を続けていける、目指すべき指標。
  • 撤退ライン【次戦へのリソース確保】: 「ここまでやって結果が出なければ一度引く」という決断基準。坂本氏は、撤退を失敗とは呼びません。それは「次の挑戦のために一度立て直し、リソースを温存する前向きな決断」です。

精神論で恐怖を押し殺すのではなく、こうした「設計図」を持つことで、未知の領域への挑戦は「無謀な賭け」から「管理可能なプロジェクト」へと変わります。


究極の決断術:揺れたまま、その一歩を踏み出す

私たちはつい、「不安が完全になくなり、100%の確信が持てたら決断しよう」と考えてしまいます。しかし、不確定な未来を相手にする経営において、不安がゼロになる瞬間は永遠に訪れません。確信という名の蜃気楼を待っていては、停滞という最大のリスクを招くだけです。

そこで必要となるのが、本稿の核心とも言えるこの技術です。

揺れたまま決断する技術

「不安を抱えたまま、迷いがある状態のままで、それでも決める」。 一流のリーダーたちは、不安を消したのではなく、不安を抱えたまま歩く方法を習得した人々です。揺れているのは、あなたが真剣に挑んでいる証。その不安定さを拒絶せず、そのままの状態で「次の一手」を打つ。それが、事業と自分自身を次のステージへと押し上げる唯一の道なのです。


結び:冒険は、不安と共に続いていく

不安は、あなたが現状に甘んじず、前へ進もうとしている限り、決して消えることはありません。しかし、それを「経営の一部」として設計に組み込み、自己価値から切り離すことができれば、あなたの心はもっとしなやかに、強く跳ねることができるはずです。

『CrossTalk』という冒険者の集うギルドにおいて、不安はあなたを脅かす敵ではなく、新しい地図を描くためのインクのようなものです。

最後に、ご自身に問いかけてみてください。

あなたが今、「確信」という幻想を待つために止めてしまっている決断は何ですか? 不安で揺れたまま、それでも下すべき「次の一歩」は何でしょうか。

その揺れる心こそが、新しい未来を切り拓く力になるのです。

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