【第93回】谷口悠一さん\ 佐用町に泊まれる  コワーキングができるまで / 〜 コバコの存在意義 〜

静かな駅前に「新しい風」は吹くか?

兵庫県の西端、岡山県との県境に位置する佐用町。 JR姫路駅から電車に揺られて1時間余り。降り立った佐用駅のホームに広がるのは、お世辞にも賑やかとは言えない、静かな駅前の風景です。

地方が抱える「若者の流出」という共通の課題。 多くの自治体が、この「ドットが欠けていくような」人口減少に頭を悩ませています。 「仕事がないから、町を出る」——そんな定型文のような言葉の裏側に、実はもっと深い「空虚感」が隠れているのではないか。

2017年、この静かな町で一つの「冒険」が始まりました。 コバコ株式会社の代表、谷口悠一氏が掲げた旗印は「泊まれるコワーキング」。 なぜ今、この場所で挑戦するのか? その軌跡は、単なる地方起業の記録ではなく、私たちが失いかけている「働く意味」を取り戻すためのクエストのようでもあります。

求人票では解決できない「仕事のミッション」の不一致

谷口氏はかつて、佐用町の役場職員でした。 安定した「公務員」という立場から地域の雇用課題を眺めていた彼は、ある決定的な限界に突き当たります。

「求人票の数はある。しかし、若者がやりたいと思える仕事がない」

行政というシステムの中では、既存の枠組みに人を当てはめることはできても、新しい「生きがい」そのものを創出することは難しい。 そこで彼は、自ら「冒険者の装備」を整える決断をします。 行政を飛び出し、あえて難関の会計士資格の勉強を始めたのです。 それは、自ら事業を作る「起業家」を専門知識で守り、支えるための戦略的なレベルアップでした。

「誰もが自分の強みに気づき、必要とされる未来へ」

このミッションは、単なる綺麗事ではありません。 「与えられた仕事」をこなす従業員を増やすのではなく、一人ひとりが持つ固有のスキルや情熱を「事業」として結晶化させる。 そんな「個」が主役となる社会への、彼なりの回答なのです。

「泊まれる」がもたらす、想像を超えた多用途性

谷口氏が創り上げた「コバコ」の最大の特徴は、コワーキングに「宿泊」を掛け合わせた点にあります。 これは、単に「夜遅くまで仕事ができる」という利便性の話ではありません。 「泊まる」という行為が、関係人口の解像度を一気に高めるのです。

当初の想定を超えた、実際のユニークな利用シーンを見てみましょう。

  • 「実家が物置化」している帰省客: 実家はあるが、自分の部屋が荷物で埋まっていて泊まれない地元出身者の受け皿に。
  • 中継地点としての戦略的休息: 近畿と中国地方の結節点として、長距離移動の合間に羽を休める拠点に。
  • 地元の学生たちの「サードプレイス」: 谷口氏は、地元の高校生にスペースを無料で開放しています。電車を待つ間の自習や語らいの場として、若者たちが日常的に集います。

日が暮れて、一緒に食事をし、グラスを傾けながら夢を語る。 「宿泊」という機能があるからこそ、一時的な訪問者は「パーティの仲間」へと変わり、地域との絆が深く刻まれていくのです。

「DIY」と「クラウドファンディング」は、仲間づくりの儀式である

コバコの建物は、元衣料品店であり、その後は塾として使われていた古い物件でした。 その再生プロセスは、キラキラしたリノベーションとは程遠い、泥臭い「肉体労働」の連続でした。

谷口氏と仲間たちは、自ら内装を剥ぎ、壁を塗り、ついには「下水管の引き直し」という過酷な工事まで自分たちで手がけました。 この凄まじい「DIY」のプロセスは、周囲を巻き込む「儀式」でもありました。

壁塗りイベントには地域の人々が集まり、クラウドファンディング(Readyfor)では多くの支援者が「冒険のスポンサー」として名を連ねました。 80人が集まったオープニングイベントは、単なるお披露目ではなく、この場所に期待を寄せる「ギルドの結成式」だったのです。 自分たちの手を汚して作ったからこそ、この場所は「誰かのもの」ではなく「みんなの拠点」になりました。

競合は「敵」ではなく「彩り」——コワーキングに正解はない

「地方にコワーキングは一つあれば十分だ」という独占的な考えを、谷口氏は明確に否定します。 彼は「拠点が増えるほど、町は面白くなる」という、オープンワールドのような哲学を持っています。

「運営者と合う人しか多分集まらないんで、理想を言うとたくさんある方がいいんじゃないかなと思ってまして」

コワーキングスペースには、必ず運営者の「色」が出ます。 もし地域に一つしか拠点がなければ、その色に合わない人は排除されてしまう。 しかし、多様なマスターが率いる「ギルド(拠点)」が点在していれば、訪れる人は自分にぴったりの場所を選び、自分の強みを発揮できるようになります。 競合は敵ではなく、町の景観を豊かにする「彩り」なのです。

「存在意義」は、今までのコミュニティに入りづらかった人の受け皿になること

地方には古くからの強固なコミュニティが存在します。 それは美徳である一方で、新しく何かを始めたい人や、外から来た人にとっては「見えない壁」になることもあります。

コバコが佐用町に「ゼロから1」で生まれた最大の意義は、そうした既存の枠組みに馴染めなかった層にとっての「止まり木」になったことです。 「ここなら自分の話を聴いてもらえる」「ここなら新しい挑戦を笑われない」。 そんな安心感が、地域に「違う風」を吹かせ始めました。

伝統的なコミュニティを否定するのではなく、別の選択肢を提示する。 その風通しの良さこそが、閉塞感を打破する唯一の鍵となります。

あなたの「強み」が風を起こす場所はどこですか?

2018年のオープンから今日まで、谷口氏と「コバコ」が歩んできた道は、決して平坦なものではありませんでした。 ビジネスとして大儲けできるわけではない。 それでも彼がこの場所に立ち続けるのは、ここに「やる意義」があるからです。

地方でのビジネスは、単なる経済活動ではありません。 一人の意志が旗となり、仲間を集め、静かな駅前に変化を起こしていく。 そのプロセス自体が、人生という物語の「最高のクエスト」なのです。

今、あなたが立っている場所で、自分の強みを活かせていますか? あるいは、あなたが新しい風を吹かせたいと願う「未開の地」は、どこかにありませんか?

兵庫の端っこにある小さな拠点は、私たちに問いかけています。 どんなに小さな一歩でも、意志を持って踏み出せば、そこは必ず誰かのための「冒険の拠点」になるのだと。

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