【第92回】足立隆弘さん\ 元教員が創る未知の教育の場 / 〜 「きょういく」から始まるハコ 〜

「職場と自宅を往復するだけの毎日で、自分自身がアップデートされていない気がする」 「新しいことに挑戦したいけれど、何から始めればいいのかわからない」

日々の忙しさに追われ、どこか「息苦しさ」や「停滞感」を抱えてはいませんか? 私たちはいつの間にか、学校を卒業した時点で「学び」は一段落したものと思い込み、日常のループの中に知的好奇心を閉じ込めてしまいがちです。

しかし、元高校教師であり、現在は株式会社オティウナの代表を務める足立隆弘さんは、その認識を鮮やかに覆します。実は、私たちの人生において「学校」が占める割合は、驚くほどわずかなのです。

今回は、足立さんが「安定」の代名詞ともいえる教員職を辞し、なぜあえて「学校の外」に未知の学び場を創り出したのか。その哲学と、私たちが豊かな人生を再構築するためのヒントを探ります。

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人生の85%は「学校の外」— 私たちが忘れている広大な学びの場

足立さんはプレゼンの冒頭で、私たちのライフサイクルに関する衝撃的なデータを提示しました。

日本の平均寿命を84.7歳としたとき、平均的な就学年数は約12.7年。これを人生全体に換算すると、学校教育を受けている期間はわずか15%に過ぎません。義務教育期間に至っては、人生のたった1%ほどです。

つまり、私たちの人生の85%以上は「学校の外」で過ごす時間であり、そこでの学びこそが人生の質を決定づけるのです。足立さんは、この「インフォーマルラーニング(学校外・カリキュラム外の学び)」の重要性を次のように強調します。

「学校で学ぶ期間っていうのは、人生に換算すると、まぁ15%ほどで……それ以外の学びっていうのは学校の外で起こっている」

学校という限定的な枠組みを飛び越え、生涯を通じて自分を更新し続けること。この「15%」の後の広大なフィールドにこそ、本当の探究の面白さが眠っています。

漢字の「教育」から、ひらがなの「きょういく」へ — 学びを再定義する

足立さんが運営する拠点「オティウナすこーれ(OTIUNA Schole)」が掲げるのは、教育という概念の「再定義」です。

一般的な漢字の「教育」は、文字通り「教え、育てる」という、教える側から教わる側への一方的な上下関係や、既存の枠組みへの適応を想起させます。しかし、足立さんが目指すのは、より柔軟でフラットな、ひらがなの「きょういく」です。

  • 共に学ぶ: 先生と生徒というヒエラルキーをなくし、対等な関係で知を共有する。
  • 試す・形にする: 受動的な知識の習得に留まらず、まずは手を動かしてアウトプットしてみる。
  • 多様性を認める: 大人から子供までが混ざり合い、それぞれの教育観や好奇心をそのまま受け入れる。

あえて「ひらがな」を用いる意図は、既存の「教育=堅苦しいもの」というイメージを解きほぐすことにあります。大人も子供も境界なく混じり合い、遊びの延長線上で自分を深めていく。そんな自由な学びの原風景が、そこにはあります。

「人生一度きり」— 死生観が突き動かす、後悔しないための一歩

安定した公務員(教員)の立場を捨てる決断には、当然ながら周囲の反対や、足元がすくむような不安が伴いました。自己資金も決して十分ではなく、高額な固定費の計算書を見て、足立さん自身も「本当に人が来るのか」と震えたといいます。

それでも彼を突き動かしたのは、自身の強烈な「死生観」でした。身近な恩師や友人の死に直面し、「命には限りがある」という残酷な事実を痛感した経験が、彼の背中を押しました。「いつか」ではなく「今」、自分の想いに正直に生きることを選んだのです。

「人生一度きり!ただ楽しむだけ。」

この言葉は、単なる楽観主義ではありません。死を意識したからこそ辿り着いた、真摯な「覚悟」の表明です。安定を失うリスクよりも、やりたいことに蓋をして生きる後悔の方が、彼にとってははるかに大きかったのです。

「1 < 2 < 3」— 多様な英知を寄せ集め、一人では辿り着けない場所へ

足立さんは「自分一人では、正直何もできなかった」と語ります。彼の挑戦の傍らには、そのビジョンに共鳴した特異なチームが存在します。

  • 現場の知恵を体現する「元校長先生」
  • 思想を可視化する「デザイナー」
  • 瑞々しい感性を持つ「大学生」

「一人より二人、二人より三人」という信念のもと、世代や専門性を超えた「英知を寄せ集める」ことで、個人では決して到達できない厚みを持った事業が形作られていきました。

スタッフの多様性そのものが、オティウナにおける「学びの深まり」を体現しています。弱さを認め、仲間の力を借りる。その共創のプロセスこそが、未知の事業を支える強固な基盤となっているのです。

「得体の知れないもの」を形にする勇気 — 言葉にならない熱狂をスピード感で形にする

足立さんが創り出した「オティウナすこーれ(OTIUNA Schole)」は、一言では説明しがたい不思議な空間です。

そこは「教育専門の図書室」でありながら、レーザーカッターや電動工具が並ぶ「メイカースペース(工作室)」でもあり、さらに英語コーチングなどの講座も開かれます。3Dプリンターで造形に没頭する人の隣で、別の誰かが英会話のトレーニングに励んでいる――そんなカオスな光景こそが、彼の目指す「第三の居場所」です。

融資を受ける際、銀行からはその「得体の知れなさ」ゆえに厳しい指摘を受けたこともありました。しかし足立さんは、完璧な説明を待つよりも「まず発信してみる」スピード感を選びました。

クラウドファンディングを通じて仲間を募り、未完成のままに走り出す。言葉にならない想いをまず形にしてみることで、周囲の応援という「熱量」が事業を現実のものへと押し上げていったのです。

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あなたの「未知の学び」はどこから始まりますか?

職場でも家庭でもない。けれど、自分を自由にアップデートできる「第三の場所」。 足立さんは、特に都市部と比べて学びの選択肢が限られがちな「地方の大人たち」にこそ、こうした拠点が必要だと説きます。大人が学び続け、変化し続ける姿を見せることが、地域や教育そのものを変えていく原動力になるからです。

「教え育てる」という枠から解き放たれ、自分自身の好奇心に従うとき、人生の85%を占める広大なフィールドは、一気に色鮮やかな冒険の舞台へと変わります。

  • 今、あなたが「とりあえず、やってみたい」と密かに思っていることは何ですか?
  • 学校の外で、どんな仲間と共に新しい自分に出会いたいですか?

未知の学びへの扉は、すでにあなたの目の前に開かれています。

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