【第99回】山田将太郎さん\農業と地球環境/〜環境に優しい農業をつくるためには〜

青々と広がる田園風景や、のどかな牧場の景色。私たちは、農業に対して「自然と共生する、究極にクリーンな営み」というイメージを抱きがちです。しかし、私たちが信じているその「緑の幻想」は、地球規模の視点で見ると、全く異なる横顔を持っているのかもしれません。

本日、異業種交流ギルドのイベント「第99回 クロストーク」にて、非常に衝撃的な視点が提示されました。登壇したのは、兵庫県立大学 環境人間学部の特任助教、山田将太郎氏。かつて北海道農業試験場(現在の農研機構)で技術開発の最前線に立ち、現在は農村社会学を専門とする、まさに現場と理論の両端を知り尽くしたエキスパートです。

私たちが生きるために欠かせない「農業」が、実は地球環境に対して深刻な負荷を与えている――。脱炭素社会への転換が急務とされる今、専門家が解き明かす農業と環境の「意外な真実」に迫ります。

【衝撃】実はマイナスの側面も?農業が環境に与える「負荷」の正体

農業には古くから、私たちの生活を守る「多面的な機能」があると言われてきました。例えば、水田が土砂崩れや洪水を防ぐダムのような役割を果たしたり、地域の伝統文化や美しい景観を維持したりといった側面です。

しかし、山田氏は「自然環境そのもの」に焦点を当てたとき、これまでの常識を揺るがす厳しい現実を指摘します。

「少なくとも自然環境にとって言うと、農業はもう良くない。プラスかマイナスかどっちかというとマイナスが大きいだろう。」

農業が環境に与える具体的な「負荷」には、以下のようなものが挙げられます。

  • 森林破壊: アマゾンの熱帯雨林を伐採して農地に変えるなど、本来の豊かな自然を損なう主因となっている。
  • 生物多様性の単純化: 特定の作物(米や野菜など)だけを育てることで、多様な動植物の生態系を壊し、画一的な環境に変えてしまう。
  • 水資源の枯渇: 大量の作物を育てるために、地下水や河川から膨大な水を使用し、地域の水資源を使い果たしてしまう。
  • 化学物質の放出: 肥料や農薬の使用、そして農業機械の稼働により、化学物質や温暖化物質が絶えず環境中に放出される。

私たちが豊かな食生活を享受する裏側で、地球の自浄作用を超えた負荷がかかっているという事実は、現代を生きる私たちが直視すべき第一のポイントです。

牛の「げっぷ」が地球を温める?畜産とメタンガスの意外な関係

温暖化の原因といえば、真っ先に工場の煙や車の排気ガスを思い浮かべるでしょう。しかし、驚くべきことに、世界の温室効果ガスの約4分の1(26%)は、農業や食品関連の活動から発生しています。

その大きな要因の一つが、畜産、特に「牛」の存在です。

牛は、一度飲み込んだ食べ物を再び口に戻して噛み直す「反芻(はんすう)」という特有の仕組みを持っています。牛には4つの胃がありますが、その第1胃は「ルーメン」と呼ばれ、そこには膨大な数の微生物が住み着いています。彼らが硬い草の繊維を分解してくれるおかげで、牛は栄養を摂取できるのです。

しかし、このルーメン内での分解プロセスにおいて、副産物として大量の「メタンガス」が発生します。これが牛の「げっぷ」として空気中に放出されるのですが、メタンは二酸化炭素よりもはるかに強力な温室効果を持つ物質です。世界中で飼育されている数億頭の牛が放つげっぷが、実は気候変動を加速させる深刻な課題となっているのです。

田んぼの「ブクブク」は警告のサイン?水田から出る目に見えるガス

温暖化物質を出しているのは、動物だけではありません。日本の主食であるお米を育てる「水田」からも、目に見える形でガスが発生しています。

夏の暑い時期、水を張った田んぼの底から「ブクブク」と泡が湧き出しているのを見たことはないでしょうか。これは農家の方々の間で「わき」と呼ばれる現象ですが、実はこの泡の正体こそがメタンガスです。

なぜ田んぼからガスが出るのか。そこには土の中に潜む「メタン生成菌」という微生物の働きがあります。

  1. 酸素のない状態(嫌気状態): 田んぼに水を張ると、土の中に空気が入り込まなくなり、酸素がない状態になります。
  2. 微生物の活性化: メタン生成菌は、酸素がない場所でこそ活発に活動する性質を持っています。
  3. ガスの大量発生: 元気になった菌が土の中の有機物を分解し、その過程でメタンガスを放出。それが水面へと浮上し、泡となるのです。

気候変動は農業に「高温障害による米の品質低下」という深刻なダメージを与えていますが、その一方で農業自体が温暖化を助長しているというこの構造は、非常に「直感に反する(カウンターインテュイティブ)」で、逃れられないジレンマを突きつけています。

環境負荷を「価値」に変える:J-クレジットと農業ビジネスの未来

農業が環境に負荷を与えているという現実は、決して「農業を否定する」ものではありません。むしろ山田氏は、この負荷をいかに減らし、新しい価値に変えていくかという「ビジネスチャンス」の側面を強調します。

その鍵を握るのが「J-クレジット制度」です。

これは、温室効果ガスの排出を減らした量を「クレジット」として国が認証し、お金としての価値を与える仕組みです。農業分野でも2021年から本格的な活用が始まっています。

  • 新たな資金循環の形: 農家が中干し期間の延長などによってメタンを削減し、その削減量をクレジットとして販売。それを排出削減義務のある大企業などが購入する。
  • 中間支援者の台頭: 農家個人では難しいデータ管理や申請を、クボタのような農業機械メーカーやアグリテック・ベンチャーといった「中間支援者」がサポートし、ビジネスとして成立させています。

環境対策はもはや、農家の「善意」だけに頼るものではありません。環境負荷を減らすことが直接的な収益に繋がり、企業はそれを通じて社会貢献を果たす。こうした新しいお金の回し方が、持続可能な農業を支える基盤になりつつあります。

私たちの「食」と「地球」の新しい関係

北海道の現場から兵庫の教育の場へと歩んできた山田将太郎氏の言葉は、農業を「単に食べ物を作る手段」としてだけでなく、「地球環境をコントロールするための重要な技術・ビジネス」として再定義するものでした。

農業が環境に与える負荷を直視することは、私たちが真に持続可能な社会を築くための第一歩です。技術革新やJ-クレジットのような市場の仕組みを通じて、環境負荷を最小限に抑える「新しい農業」の形が、今まさに私たちの足元で始まっています。

私たちが毎日、当たり前のように口にしている食事。その食材が、どのようなメカニズムで地球と繋がっているのかを知ることは、私たちの未来を選ぶことと同義です。

あなたが明日選ぶ食材が、地球の未来をどう変えていくか。一度、静かに想像してみることから始めてみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です